知の考古学 byフーコー
これまでの歴史研究は、絶対優位性を持つ人間が歴史をつくっているという認識。
出来事や言説を分析することが中心で、断片的な要素そのものの分析。
資料から出来事や価値観などを取り出し、解釈しているだけ。
→ 特定の人間が歴史をつくり上げているのではない。
本当に歴史研究で必要なことは、ある発言行為が生じることとなった背景にある、
無意識的社会構造(資料集成・アルシーブ)を明らかにしていくこと(考古学=アルケオロジー)が重要。
一つの事象についての総体した考え(言説=ディスクール)は、
具体的な発言行為(言表=エノンセ)の蓄積によってつくり上げられる。
同じ発言内容であっても、ある社会における出来事や発言は、
その社会関係や環境など、さまざまなものが働きかけて形成されている。
考古学では、同じ遺物であっても、どの地層に含まれているかによって、
それが持つ意味がが変わってくるように、
「歴史は背景にある社会構造こそ重要」
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存在と無 byサルトル
人間の条件、人間とモノの違いとは何か?
=「こうあるべき」という本質や自己意識があるかないか。
モノは、ナイフであれば[切る道具]、コップであれば[飲む道具]といった本質があり、
実存(現実に存在)している。
しかし、人間には「こうあるべき」といった本質は存在しない。
本質より先に存在してしまっている。
人間は意識を持って自分と向かい合い、
モノの存在を問題とすることで存在している(対自存在)。
人間とは存在の根拠も方向性もない存在。
↑それゆえに↓
現実を超えて考えをめぐらし、自分の行動を選択するなどの、超越性を持つことになる。
人間は自分が何者なのか、どうなりたいのかを、他に頼らず自らつくり上げていく必要がある。
そのものだけで存在し、自己意識を必要としないモノ(即時存在)との違いである。
自由に行動できると言っても、その行動には責任がつきまとってくる。
本質が先立つモノは、責任を持つことなく存在することができるが、
本質がない人間は、行動のすべてに責任を負うことになる。
「人間は自由の刑に処されている」
自ら行動し、社会に参加する状況に身を置くことは、
自分だけではなく、周囲の人々、すべての人類にも影響を与える。
根拠も方向性もなく自由である人間は、自分の行動に責任を持って生きていく必要がある。
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存在と時間 byハイデガー
「存在するとはどういうことか?」
伝統的な哲学では[人間とはどういう存在なのか]という、存在についての考察が繰り広げられてきた。
しかし、[存在する][ある]という、[存在そのもの]についての考察がなされてこなかった。
「存在者」
存在と存在するものを区別するための用語。
限定した表現をすると[モノ]、広義では[人間]も含む。
存在者はそのものだけで存在するわけではない。
人間が存在者を意識し、意味を与えることで、意識の中で存在となる。
無数のコップの中に、思い出のコップがあれば、
他のコップは目に入らなくなるように、意識しなければ存在はなくなる。
存在 = 人間の関心(気遣い)
人間は、存在が現れる場所という意味で「現存在」と呼ばれるが、
存在者に意味を与える一方、存在者が集合した世界から影響を受け、
関わりあって存在しているという意味で「世界内存在」とも言える。
しかし、存在者に対して無関心で、落ち着きなく関心を移し、
不安から逃れようとする人間が増えてきている。
↑その原因は↓
[生きる意味を喪失]
いずれ自分が死ぬことをきちんと認識できず、自分の死を他人事とみなし目を背ける。
そのため、生きる意味を失っている。
「生きる意味を知るために必要なことは、自分の死を自覚すること」
自分の存在の有限性を知ることで、残された時間でやるべきことを理解でき、
人間が意味のあるものになる。
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精神分析入門 byフロイト
「本人も知らない無意識が人を動かす」
人間の心には無意識という、本人が知らない自らの欲望・願望・意図が存在する。
その多くは性的願望によって占められており、すでに乳幼児期の段階で発生している。
無意識は、普段の生活で自覚されないまま抑圧されているが、
それが抑えきれなくなると溢れ出し、さまざまな症状や行動として表れてくる。
しかし、そのままの形ではなく、何らかの抵抗を受けた形で出現する。
[錯誤行為]
注意力が散漫になっていたわけでも、忙しかったわけでもないのに、
言い違いや聞き違い、もの忘れをする場合がある。
↓
無意識に反する行為をやらざるを得ない場合に、心が抵抗している。
[夢]
自分でも意味のわからない夢や、普段の状況や行動では考えられない夢。
↓
無意識が夢に表れてくるときに、そのままの形で表れるわけではない。
無意識の欲望や願望は、夢の検閲と呼ばれる抵抗によって、内容が歪められて認識される。
[自我]
自我によって無意識に抵抗をかける。
社会生活を送るために、やりたいことを我慢したり、社会認識を押し付けられたりする。
そのため、無意識をそのまま行動に移せないので、自分自身を調整して生活している。
↓
強迫神経症やマザコンやファザコンといった形で、無意識が神経症を引き起こすこともある。
人間の行動には無意識が大きく影響している。
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ツァラトゥストラはかく語りき byニーチェ
神に代わる理想の人間像「超人」を描いた。
[ニーチェ以前の伝統的な思想]
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人々は、神などの超越的価値を信仰
→ 神は「いる」
哲学者は、主張こそ異なるが、真理に達することが目標ということは共通
→ 真理は「ある」
-----------------------------------------------
そのため↓
「自分は不幸だが、最後の審判で救われる」と人々は信じ、
「自分が失敗したのではなく、他人が真理を理解していないだけ」と哲学者は考えた。
そうなると、失敗した者が成功した者をねたむ(ルサンチマン)ようになり、
人々が今の生き方を否定するようになった。
「神は死んだ」
神・真理・イデアなど、これまでの社会の生きる土台は本当は存在しなかった。
↓
絶対的なものが何もない = ニヒリズム
↓
人々は、土台を失い、危機的な状況に陥ってしまった。
↓
ニヒリズムの究極の形式 = 「永劫回帰」に陥る
「永劫回帰」
歴史に目的や方向があることを否定
→全ての存在が何度も同じ順番で繰り返される。
→失敗も成功も、全く同じ人生が繰り返される。
永劫回帰である以上、失敗も繰り返されるため、人々は辛く苦しくとも、
現実から目を背けず、ニヒリズムを克服しなければならない。
↓
現実のすべてを肯定し(運命愛)、自分自身に誠実で力強く生きることが大切。
↑そのためには↓
自分自身をより成長させようとする「力への意志」が必要となる。
「超人」= 主人公ツァラトゥストラ
神や真理など従来の価値に代わり、力への意志を体現した人間の超克された姿。
*本書から引用された有名な言葉:
「神は死んだ」
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自由論 by J.S.ミル
市民的・社会的自由を守るために、
社会が個人に対して行使すべき権力の本質と限界について論じる。
「個人の自由と個性が豊かな社会をつくる」
人間が幸福を実現するためには、個人の自由は最大限尊重されなければならない。
それが国家の発展につながる。
[個人の自由について]
規制が多く自由ではない状態では、自分の考えや行動が制限される。
そうなると、自分で考えたり、相手と話し合ったりすることができず、個性のない人間が育つ。
個性の中には、なまけや癖やうぬぼれなどの欠点もあるが、それも個性の一部である。
個性(思想・嗜好・職業・良心など) = 自由な余地があってこそ発展できる。
個人の個性を最大限尊重するために、社会は個人の選択や行動を規制してはいけない。
誰かの行為が他人の利益を害する場合だけ、法や道徳(世論)で行為を規制する必要がある。
各人の個性が発展し多様な国民が創出される = 多様な思想を取り入れることができる。
それによって、これまで試行的・暫定的だった真理や知識にも、対立する思想や少数派が生まれてくる。
しかしそれは、真理や知識の改善や新発見につながっていく。
社会の権力を制限する(規制や干渉をゆるめる) =
個性豊かな人間が育つような環境をつくる = 豊かな社会・国家を形成していく。
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法の哲学 byヘーゲル
人間や国家の本質は自由であり、それによって事物が真に理解できる。
しかし、自由という名の暴走や無秩序を防がなければ、良い社会は実現できない。
自由は周囲との関係では法によって規定される。
君主は名目的な存在で、現実的な力は法にあり、権利としての自由を法が保証する。
「真の自由が実現した国家とは?」
人間の本質である自由は、自分の内面に向かうと道徳論として捉えられるようになる。
具体的な道徳的行為の規準↓
善い = 社会秩序を守ること = 人間に必要な心は公共心
自分のことしか考えない利己的な自由が向かう先↓
不埒な享楽 = 悲惨な貧困
「真の自由 = 公共心のある自由」
↑このような自由が育つ国家とは?↓
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国家 = 政治の場
市民社会 = 経済活動の場
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[家族が国家の第一の土台]
家族の連帯感の中で生まれる信頼関係が国家形成の基盤となる。
家族は、諸個人の愛情に基づく関係で成り立つ(→古来の封建的な家制度を批判)
そのために、国家は夫権や親権を制限することが必要である。
[団体自治が国家の第二の土台]
職業団体や身分団体で協力しあい作業することは公共心を生む。
そのために、国家は、団体が活動しやすいように、自治を確保しなければならない。
国家が成熟し、このような市民社会が形成できれば、
公共心のある自由を持つ人間が育ちやすく、誰にとっても自由な社会となる。
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純粋理性批判 byカント
[前提知識]
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「人間とは何なのか」という根本的な問題に対して、
純粋理性批判、実践理性批判、判断力批判、の批判三部作を発表した。
※批判=きちんと考える
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純粋理性批判 = 人間はどこまで認識できるか
合理論(デカルト等)と経験論(ロック等)を融合する考えを展開した↓
人間は物を認識していると考えられているが、実際は物を直接に認識することはできない。
生まれつき持っている先験的認識である感性と悟性によって、物を現象として捉える。
(経験がなくても他人と共有して認識できる普遍的な形式)
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<<先験的認識>>
[感性]
空間と時間という形式に従い、物自体を現象として捉える。
[悟性]
感性から得た現象の情報を、カテゴリーで分類して整理する。
※カテゴリー(質・量・様相・関係)
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↓
<<経験によって身につけていく認識>>
共通に整理された現象の情報(先験的認識)が、
所属する文化や個々人の経験などにより認識が異なってくる。
先験的な部分と経験による部分で現象を認識しても、
神の存在や死後の世界など、共通する概念のない事柄は現象として捉えることができず、
理性で推論することしかできない。
しかし、理性での推論は必ず、二律背反(アンチノミー)に陥る。
二律背反 = 互いに矛盾した論理が同じ根拠から生じて反論できない状態
現象として捉えることのできないものを認識できないことが、
人間の認識の限界なのである。
人間はどこまで認識することができるのか → 人間の認識には限界がある。
※その後、道徳や神の存在の問題を、実践理性批判、判断力批判、で考察していった。
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社会契約論 byルソー
-[前提知識]--------------------------------------------
<以前に、ルソーが発表した「人間不平等起源論」での主張>
文明が発達すればするほど、社会の不平等は大きくなる。
社会の最大の不平等は貧富の差である。
法や国家体制は強者が自己の地位を守るために作られている。
--------------------------------------------------------
社会契約論 = 社会の不平等を解消するためにどうすべきか
国家の規制が存在する以前の状態(自然状態)では、人間は自由・平等である。
しかし、社会生活の中では、貧富の差などの不平等や不自由が生じてくる。
↑そのような弊害をなくすため↓
人間は常に人民全体の共通の利害のみを目指す意志を形成し、それ(一般意志)が国家を指導する。
一般意志 = すべての人民の人格・意志(自分自身の人格・意志も含む)
人民は、その一般意志にすべてのものを全面譲渡する社会契約を結び、
人民主権の政治体制を形成することで、自由・平等な社会を実現させることができる。
↑そのような社会での自由・平等とはどのようなも?
--------------------------------------------------------
[自由]
各人が一般意志に権利を譲渡しているので、その自由は制約された自由である。
×何をしてもよいという意味での自由ではない。
一般意志は自分を含めたすべての人民の意志であるから、その自由の本質は、
自発的に全員のために行動するような、道徳的価値の高まった自由(=自律)に変換されている。
一般意志 = 全員(自分自身を含む)
自分自身(一般意志)に服従し、自分自身(一般意志)が制約しているので、
そこには高度な自由が確保されている。
[平等]
一般意志と社会契約を結ぶ = 自己契約と同じ。
自分自身を含む共同体(一般意志)に譲渡する = 等価なものを自分が受け取る。
↑平等が実現される。また、自己契約のため所有権も確立されている。
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人民が常に共通の利害のみを目指す一般意志によって、
自由と平等を実現するという目的は達成されることになる。
このような社会は、人民主権が確立されていなければ形成できない。
すべての人民の合意から成り立つ民主的共和制の政治体制が必要。
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エミール byルソー
国家が行う公教育 = 子供を国家や社会に適合させていく教育。
型にはまった教育では自己を確立できず、自立できない人間を育てる。
自然から学ぶことで子供自身の発達を促す家庭教育が必要。
子供は[自然]と[人間]と[事物]によって、大人になってから必要なものを教えられる。
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(1)能力と器官の発展は、自然によって与えられる。
(2)発展した部分の利用の仕方は、人間、特に親によって与えられる。
(3)それらをもとに、子供は経験を積んで自ら学んでいくことになる。
経験は事物(出来事)によって与えられる。
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↑三つの教育の方向が、子供の成長を促すように一致しなければならない。
自然が絶対的なもので変えることができない以上、人間や物事が、
自然と調和していくことが必要となる。
[人間=親] →【自然=絶対的】← [事物=出来事]
また、教育が必要な時期と対象を検討することも必要である。
5段階に分けて述べている。
(1) 乳児期
(2) 幼年期
(3) 少年期
(4) 青年期
(5) 伴侶となる者の教育
発達段階に応じた教育を行い、個別的家庭教育で自己を確立していれば、
実社会に出ても困難を克服できる大人になれる。
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リヴァイアサン byホッブス
国家=契約によって造り出されたもの=巨大な力をもった怪物(リヴァイアサン)。
人間の生活に法や国家の規則がないとき = 自然状態。
人間は自分自身の生命を保持する権利を自然権として有している。
自然状態の中で生き抜いていくためには、どんなことをしても自分を守らなければならず、
人間同士は対立することになる。
自然状態 = 万人が万人に対して敵意を持つ闘争状態。
自然状態が続くと、人間も快適で死の恐怖もない生活を望むようになる。
危険にさらされ、平和でない自然状態を回避するため、理性的に話し合うようになる。
(人間は最初から完成された存在ではなく、動物的な存在から理性的な段階へと発展していった)
自然状態から平和な社会状態に移行するため、
個々の力を超越する存在を創出することで解決を試みた。↓
[コモンウェルス]
あらゆる権力や意志が全体としての合意となるように、絶対的な権力を有し、
一人の人物または合議体として存在する。
統一された人格を持つ人工的人間を創出し主催者にする = 国家 = 政治体。
すべての人間は一切の権利を譲渡する社会契約を結ぶ代わりに、
平和と自己防衛の実現をコモンウェルスに求める。
↓
絶対的な権力を得たコモンウェルスは、人民を保護するために、
自己保存のためならば何をしてもよいという自然権を制限するためルールの制定が必要になった。
そこから、人間に対して永遠普遍的な法である自然法が導き出され、
平和な市民国家が誕生していった。
※リヴァイアサン = 旧約聖書のヨブ記に登場する巨大な海の怪物。
※絶対的権力を持つ主導者 = 絶対王政の容認。
近代民主主義の礎として影響を与えた。
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方法序説 byデカルト
物事を正しく判断し、真偽を区別する能力は万人平等である。
(良識・理性 = 万人に最も公平に分配されてい平等なもの)
しかし、一つの事柄に一つの真理しかないはずなのに、
さまざまな意見があり議論が尽きないのは、良識を働かせる方法が問題である。
自身が方法を発見したやり方を読者に示し、
従うかどうかは読者の自由であると本書を著した。
書物ではなく、実体験を通じて自分自身のうちに見出される学問が大切。
その実現のために自分が守るべき規則を四つ定めた。
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(1)証明性の規則
確実に真と自分が認めたもの以外は真としない
(2)分析・分割の規則
問題を小さく分けて吟味する
(3)総合の規則
思想を単純なものから複雑なもへと導く
(4)枚挙の規則
完全な枚挙と全体にわたる通覧をあらゆる場面で行う。
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しかし、↑これらを守り、新しい学問をつくるにしても、
理論的に未決定の間も人間(の行動)は決定を迫られることになる。
そこで大きく四つの仮の指針を「暫定的な道徳」として決め、
それに基づいて自分自身の行動を決めることにした
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(1)宗教を信仰し、法律と習慣と、極端な意見に偏らないよう、
分別ある人の最も穏健な意見に従う。
(2)自分の行動を決定したら、たとえ疑わしくても毅然として行動する。
(3)運命や世界の秩序を変えようとせず、自分の欲望を変え、
自分自身に打ち勝つことに努める。
(4)全体の結論として、さまざまな職業のうち、最善のものを選ぶ。
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デカルトにとって最善の職業は、真理を探究すること。
真理というものを取り扱うにあたって、その本質から逆に考え、
疑い得るものをすべて偽とする。(方法的懐疑によって考察)
感覚、神、すべてのものをいったん疑って否定しても、
否定する自分自身の存在だけは否定できないという絶対確実な真理を発見。
「我思う、ゆえに我あり」
大陸合理論を展開(演繹的に導き出される他の真理の連鎖を提示)
神の存在の保証、人が生まれながらに持つ生得観念の保証をもとに自然学の大網などを示す。
*本書から引用された有名な言葉:
「我思う、ゆえに我あり]
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キリスト教綱要 byカルヴァン
摂理=予定説
この世のすべての出来事は、創造主である神の配慮や予定で起きている。
しかし、人間はその予定を理解することができないため、
繁栄やわざわい、貧富の差や災害などの事実を、偶然や運命と考えている。
神が、あらゆるすべてのものの予定を計画し統制しているということは、
救われる人もあらかじめ決まっているということ。
生きている間にいくら寄付しようとも、いくら善行を行おうとも、
救われるかどうかには関係がない。
自分が救われる人間かどうか、すでに決まっているのであれば、
好き勝手に生き、信仰などしなくてよいのではないか?
しかし、そうではない。
人は自分が神の選びに入れられているかどうかという疑問を抱くことなく、
与えられた職業に励み、財産と時間の浪費を罪悪であると考え、
合理的かつ禁欲的な生活を送るべきである。
そうすることによって、やがて自分は救われると確信できる。
(聖書=神の約束の書)
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パンセ(瞑想録) byパスカル
神は[存在する]に賭けるべき
・神を信仰していれば永遠の幸福が保証される。
・また、たとえ存在しなくても何の損もしない。
-[無神論者]-------------------------------------------
信仰を失った社会に生きる人間は、悲惨さと偉大さという、
相反する両極に引き裂かれ矛盾に苦悩することになる。
↓
本質的思考から目をそらし気ばらしに走る
↓
より悲惨な状況におちいる
-------------------------------------------------------
↑このような状況を脱する方法:
・神との関係を変えていくこと、神と共にある未来を求めること。
・全ての目的は未来のためなのであり、過去や現在は、良き未来に向けての手段に過ぎない。
・神と共にある人間は救われ、至福が訪れる。
*パンセとは、日本語で[思想]や[思考]の意味。
*本書から引用された有名な言葉:
「人間は考える葦である」
「もしもクレオパトラの鼻がもっと低かったなら、世界の歴史は変わっていただろう」
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聖書(The Book)
全知全能の神の性質を示し、神の創造による人類の起源と人間の墜落、
そして墜落した人間の罪を救済するための律法と約束が示されている。
「罪人となった人間を救う救世主が現れる」という神の約束。
【新約聖書】
旧約聖書に記載された預言「救世主がこの地上に来られる」という神の約束が、
イエス・キリストによって実現した。
神の約束によって救世主(イエス・キリスト)がどのように現れ、
神の救済がどのように現実のものとなったのかを全世界に知らせる。
救世主の登場によって、世界中にその福音の門戸が開かれたという新たな約束(新約)となった。
新約= 新たな約束
すべての人は、イエス・キリストを「神の子」として信じ受け入れることで、
旧約の法律の行いなしに、神に受け入れられ、天国に行くことができる。
※ユダヤ教では新約聖書は聖典として認められておらず、キリスト教は異端という扱い。
救世主はまだ地上に誕生しておらず、この世界は救済に至っていない。
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国家 byプラトン
プラトンが構想した理想的国家(ポリス)は、
哲人王、軍人、労働者に分かれる階層社会的国家。
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(1)哲人王
真実を感覚ではなく理性で認識するイデア論を基に、
哲学者からの助言を受け自由に国家を統制する"知恵"の徳を持つ。
(2)軍人
戦争の際は、国家の勝利と安全のために勇敢に戦う"勇気"の徳を持つ。
(3)労働者
さまざまな生産を営み欲望を抑えて、分相応な生活を送る"節約"の徳を持つ。
(農民・職人・商人など)
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知識のない民衆が政治に対して影響力を持つことは、いずれ国家の衰退につながる。
イデア論に基づく道徳観と、自由な政策実践力を兼ね備えた王が、
哲学者の助言を受けながら、絶対的統治者として存在する理想国家を論じた。
その哲人王の下で軍人や労働者が能力や役割を認識して行動することによって、
知恵・勇気・節約の徳が調和され、全体として"正義"という徳が生じている国家が理想。
※イデア論
個別の事柄それぞれに、イデアという完全で普遍な永遠の真理体や本質が存在するが、
人間の世界とは別世界に存在するため、イデアは理性的にしか捉えることができない。
そのため指導者である哲人王は、最高のイデアとして存在する[善のイデア]の認識が求められ、
理想国家の現実に努めなくてはならない。
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伝説のフェス
そろそろ夏ですね。
夏と言えば「ロック・フェス!」日本でもそんな雰囲気が定着してきましたね。
SUMMER SONIC、FUJI ROCK FESTIVAL、ROCK IN JAPAN FESTIVAL などなど、
とにかくいろいろなフェスが盛りだくさんです。
そんな季節になるといつも思い出すフェスがあります...
「ウドー・ミュージック・フェスティバル」
一部の音楽好きの間では"伝説のフェス"として語り継がれているあの事件です...
あれは、2006 年の夏
友人からチケットを持ってるので一緒にいかないかと誘いがあったのですが、
外せない用事があり、泣く泣く行くことができませんでした...
CAST は KISS、JEFF BECK、SANTANA など、その他もとにかく渋い神的なメンツが勢ぞろい。
なぜこんなキャスティングが可能かと言うと、主催はあの超老舗「ウドー音楽事務所」だからでしょう。
ウドー音楽事務所と夏フェスなんて、なんか似合わない気がしますが、
2004年にウドー音楽事務所が主催したロックオデッセイが想像以上に成功したこともあり、
本腰を入れてフェスへの参入を決意したのだと思います。
その気合の「ウドー・ミュージック・フェスティバル」は、違った意味で数々の伝説を残しました。
通常、フェスの様子はさまざまな音楽雑誌や音楽番組が取り上げますが、
このフェスについてはあまり取り上げられることがありませんでした。
取り上げられとしても非常にドライで、肝心なことが書かれていませんでした。
もちろんバックが超老舗のウドー音楽事務所であることへの配慮かも知れませんが....
伝説について知りたい方は、以下のサイトをご覧下さい。
ある意味、絶対に見たかったといまだに後悔しております。。。
ウドー・ミュージック・フェスティバル伝説